音のこと
舘野泉のピアノ
2019年10月23日
「春になったら笛を吹こうよ」
これは、私の妹が私淑していたピアニストの舘野泉さんが、妹に乞われて色紙に書いてくださった文言である。この色紙を妹がピアノ科在籍中に自分の部屋に飾っていた。一緒に下宿していた私は、毎日否応なく眼にすることとなり、覚えてしまったものである。今は昔、1936年生まれの舘野さん30代、半世紀前のことである。
先だって、Eテレで舘野さんが出演したスイッチインタビューをみた。番組の半分は、舘野さんが生命誌研究者の中村桂子さんに語ったものである。舘野さんは、60代半ばに演奏会途中で脳出血を発症し、右手に麻痺が残った。以後2年のブランクを経て、左手のための曲をプログラムとして復帰演奏会を行い今に至るという、ピアニストとして波乱万丈の半生を有している。番組の中で、ピアノを何十年もやってきたことは、自分の中に樹林のように残るものであり、音楽はいつでも在ると語った舘野さん。発症後は、自分のやりたいことが見えるようになり、出来るか出来ないかは考えないそうである。そのことを中村さんから楽天家ですねと言われていた。
復帰して取り組んだ曲のうちで、左手のピアノ曲としてブラームスが編曲したバッハのシャコンヌについて詳しく語っていた。すなわち、この編曲は単音で続けて弾くため、重厚さがなくつまらないと感じていた。通常、音は両手で弾いて、たくさん鳴るものであるからである。しかし、弾き始めて2ヶ月くらい経ち、この曲が呼吸していることがわかるようになったという。それからは、曲が生きてきて1つの音楽になり、1つの音が立ち上がると、世界が変わることを左手で演奏することで知ったと語っていた。舘野さんが弾いたシャコンヌを改めて聴いた。単音が気になるどころか、バッハの曲にいつも感じる、あたかも夜空の星がゆっくりと動くような、天体の流れがあった。もちろん、左手だけで奏でていることは、意識するまでもなかった。
さて、私はモーツァルトの曲にも、いくつもの自然の流れを感じる。曲の途中で長調から短調に変わる、あるいは短調から長調に変わる転調のしかた、遠い昔を思い出すようなメロディ。それらは、ああこの流れだと感じつつ、音がまとまって身に沁みるような感覚を抱く。たとえ、劇的な音量が含まれていても、モーツァルトの音楽は、減り張りのある毎日の変わりように逆らわず、自然の一員として適応する人間の営みがそこに在るように聴こえる。舘野さんのバッハを聴いていて、そのようなことを連想したのである。
以上のことから、30代ではない、80代の舘野さんは今でもずっと、春が来たら笛を吹いているだろうと改めて想像する。そして、スイッチインタビューをみながら、妹の慧眼に感心もしたのである。