小山医院 三重県熊野市 内科・小児科

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音のこと

690円の楽しみ

2017年05月14日

ある日、日本医師会で認定された産業医研修会に出席するため上京した。いつものことながら、研修は一日中会場に缶詰になって受けなければならない。それだから、終わったときには開放感がある。その日、研修を終え、何かCDでも買おうとお店に行った。あれこれ見ていたら、690円の値がついたDVDが置いてある棚が眼に入り、その中に「めぐり逢い」という映画があった。あまりに安かったから、つい衝動的に買ってしまった。

この映画は、ウォーレン・ベイティとアネット・ベニング共演のラブ・ロマンスで、音楽はエンニオ・モリコーネが作っていた。1957年に作られたケイリー・グラントとデボラ・カーによる往年の映画の37年後のリメイク版である。ドラマの内容もさることながら、モリコーネの作った音楽がよかった。主題曲は、男役の伯母である老婆がピアノを弾く場面で流れてきた。主役の二人は、ピアノを弾く老婆を見つめながら、そのときどき、相手の姿を確かめていた。そして、それぞれの思いでそこにいる彼らを包むかのように、主題曲のメロディーが流れていた。

私は、聴いた音楽が好きになったとき、もし可能ならその曲をピアノで演奏したいと思うようになる。この主題曲もそのようなうちの一つだった。聴いているうちに、この曲の楽譜がどうしても欲しくなった。さっそく調べたのだが、インターネットではなかなか探すことが出来なかった。そこで東京のあるお店に問い合わせたところ、取り寄せ可能ということで、やっと手にすることが出来た。

楽譜を手にしたのも束の間、今度は往年の映画の方の音楽に興味が移り、後日DVDを取り寄せた。こちらは、果たして私の期待に違わぬ曲の流れだった。私の心に留まったのは、この曲の冒頭で、音が下から上に上がってすぐ下がり、そのあと最初よりもう少し上がってまた下がる、というメロディーで始まる個所だった。正確には、音が6度上がり、次に7度上がる、その組み合わせだった。気がついたら、私はこの個所を繰り返し口ずさんでいた。

このメロディーをドラマの進行とともに何度か聴いているうち、そういえばどこかで聴いたな、と思った。そう、ベートーベンの小曲である「君を愛す」という歌曲の冒頭にも、この二つの音程の上がりがあったことを思い出した。音程の一致に思い至っていたら、まだほかにもあった。さだまさしが「北の国から」の主題曲冒頭に、この二つの音程を組み合わせていたではないか。このことが、作曲様式のうちの一つなのかどうかは、私にはわからないが、また楽譜を注文してしまったのは言うまでもない。

研修を終えた開放感から買ったDVDから、思いもかけない展開になった。二つの映画の同じ場面に流れるそれぞれの曲を両方とも好きになって、楽譜まで買うことになるなど、想像もしなかった。音楽を好きになる理由は様々にある。しかし、両方とも好きになる、ということはどういうことだろう、と思案していたら、私はこの音楽を好きというより、もしかしたら、こういうピアノが登場するような場面設定が好きなのかも知れない、と思い始めた。しかし、自分で弾いてみたい、という気持ちになったし、音程の組み合わせが好きだし、本当のところは未だに自分でもわからない。

二つの「めぐり逢い」のうち、音楽については新旧に甲乙をつけがたい。しかし、映画としてはデボラ・カーの瞳の輝きの分、古いほうに軍配を上げる。

身過ぎ世過ぎの三十有余年、ひねもす心音を聴取す。生来の音キチなるが故に此は悦びなり。されど、本意はピアノ音、エンジン音ばかりを傍らにと願ふものなり。

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