小山医院 三重県熊野市 内科・小児科

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時世の粧い

世代交代と恋愛感情と

2014年05月04日

子どものメンタルヘルスに携わっている人の講演があった。聴衆は、大多数が、私とほぼ同年代の人たち。どちらかと言えば、硬めの話の途中で、「我々のような年齢になると、すでに恋愛感情は過去のものとなったのではありませんか?」と半ば冗談気味の問いかけがあった。一瞬、あちこちで覚醒の気配。声を出して笑った人、にやっと笑った人、しばしの眠りから覚めた人、様々な反応で会場全体が、しばらく和やかな雰囲気に包まれた。さて、この笑いに包まれた雰囲気は何だろう、と夢想が駆け巡り、笑いの中身をあれこれと考えていた。そんなこと、この場にふさわしくないよ、古い話を蒸し返すものではないよ、と反対の意味で受け止めた人、何を今さらと噴き出した人、今まさに恋愛の真っ最中で、あなたはよくわかっていないね、とほくそ笑んでいる人等々。それぞれの受け止め方の違いは、会場に様々な笑いを生んだようである。しかし、たとえ、恋愛が過去のものであったにしても、この問いかけによって、誰もがかつてのその甘美な思い出を浮かび上がらせたはずである。会場を包んだ和やかな雰囲気は、おそらく人により様々な想いが各々の胸に去来した結果であろう。

ところで、恋愛は、熟年にとり、果たして過去のものなのだろうか。文豪ゲーテが生涯を通じて恋愛していたことを引き合いに出すまでもなく、決して過去に押しやるものではなさそうである。会場での些細な問いかけをきっかけに、思いつくまま、数ある恋愛の、ほんの少しの空想上の例を挙げてみる。若者は、一見か細いが、たくましさを備えている。物事の本質にズバリと入るエネルギーを持っている。「どうしてる?」と尋ねられ、「愛し合い、すてきな日々に感謝している」と答えたかと思えば、もう一方で、「なびく髪を見て、涙が出る」と嘆き、相手の一挙一動に気持ちを揺らされる。若者には、「一心不乱」「直情径行」などの言葉が良く使われるが、このことに若さゆえの可能性の大きさを感じるのは、独りよがりだろうか。では、熟年はどうだろう。「どうしてる?」「どうしてるって、好きだと思っているだけだよ」と相思相愛のエッセンスを何気なくさらりと言ってのける。ここには相手の気持ちの揺れに呼応しながら、しかし大きく惑わされない意思がある。また、功成り名を遂げ、老境に身を置く人は、如何なるやり取りになるだろうか。「どうしてる?」「老齢というものは、厄介だ。居眠りをしたり、思案をしたり、ほんにいとまがない。しかし、想いは変わらないよ」。これらは、もちろんそれぞれの世代のやり取りを代表しているわけではない。世代により、異なる恋愛のかたちがあるにもかかわらず、先のメンタルヘルスの講演会の話でもあるように、なぜか恋愛は若者のもの、熟年、老年には過去のものという感がある。

ところで、現在、若者のことを語る記事は多い。たまたま、手元にある雑誌をいくつかめくってみた。どの雑誌にも、ある大学の学部問題、若者の食事習慣、企業に勤める三十代の職場環境等々、圧倒的に若い世代を対象とした記事を載せている。そして、現在において、引きこもり等の状況にある若者が、問題視されるにもかかわらず、就職をせず、結婚をしない彼らをパラサイトシングルなどといって、揶揄する記事も多い。しかし、元気ある若者が社会参加をしない、ということの問題の深刻さに、今、どのくらいの人が気づいているだろうか。社会に参加できず、経済的自立の出来ない若者のホームレス化、ヨーロッパで崖っぷちに立っている若者の問題が認識されたのは、1980年代である。今、この問題が日本にも起こりつつある、と警告している人がいる。

さて、世代交代は、世の習いである。スポーツの世界では、三十歳くらいですでに引退を余儀なくされる。あるいは、もっと早くに交代するスポーツもあり、ある面、残酷である。また、人の親となった大人たちは、子どもが成長すると、そのことを喜ぶと同時に、ある感慨を抱くだろう。それは、成長した我が子に、世代交代することを覚悟させられているからでもあろう。しかし、今熟年、老年世代は、どれくらい意識を持っているだろうか。若者は、一見、直情的で気持ちの揺れが激しく頼りない。しかし、これは、裏を返せば、若さという可能性の大きさの一つ一つの事柄なのかも知れない、と思うのである。若者が将来に希望を持てず、うつつを抜かす現代においても、生の営みが続く限り、いつかは世代交代しなければならない。その時期をいったい、どのくらいの人が認識しているであろうか。熟年世代は、もっと社会参加しよう、と啓発する責務があるように思う。

恋愛感情は過去のものなのだろうか、という問いかけから、世代のちがいに思いを馳せた。さて、恋愛は本当に若者のもの、なのだろうか。円熟し、相手を思いやる深みのある恋は、なかなかむずかしい。やはり、様々な経験が必要となる。若者に社会参加を促し、世代交代を済ませ、熟年、老年は、もっともっと恋愛をして遊ぼうではないか。若者はリーダーシップを発揮して、社会に積極的に参加する。熟年、老年は、恋愛して、深みのある人間関係を若者に見せる。若者は社会参加で、そのエネルギーをいっぱいに発揮し、熟年、老年は、円熟した恋で、若さを取り戻す。今、世代交代で活気を取り戻したい、と思うのは私だけであろうか。

(初出:紀南医報no.3 加筆修正す)